執筆雑談

【考察】ドラマの脚本から学ぶ『半分、青い。』

【考察】ドラマの脚本から学ぶ『半分、青い。』

登場人物の登場には意味がある

辻褄合わせ?

 リアルタイムで朝ドラ観てて気付いたこと、主人公(ヒーローとヒロイン)以外の登場人物には明確な役割があることです。

 当然、そんな事は解っていたのですが、

ドラマの脚本上そう言う設定になる事は解っています。

 
 
 (3Dプリンター便利だなぁ、CADで試作品作れるなんて……)
 
 そう感じた瞬間、ふと思いました。
 
 
 ああ、律の大学の先輩はこの為だけに用意された登場人物なんだと、当時の3Dプリンターは高価だったのか、律は購入する設定ではなく、誰かに借りるルートになり、誰かが必要になった。そんな感じで考えてしまいました。

 書き物とドラマ上の縁(えにし)は当然、偶然ではありません。

 だからこそ、明確な役割付けの設定が不可欠なんだと思いました。

 とは言えリアル世界でも、そう言う縁はあるとは思います。

 それを縁(えん/えにし)と考えるかは、意味合いは違いますが、アカシックレコードで決まったことでもなく、自分自身を導いてくれる存在でももなく。

 あくまで平等に接して人生に共鳴してくれる人々です。

ふぁ、恥ずかしい事を書いてあったいましたなぁ

 120%リアルな口から自分の声では言えないことです(笑

 

結局、言いたいことは?

 
 

POINT

・キャラシートを作るとき、登場人物には明確な役割を持たせましょう
・プロットを考えるとき、エピソード内容にあった人物を登場させましょう

とまぁ、当たり前のことを書いてみました

ただ、脚本的に納得出来ないことはあります


 来週辺りになるでしょうが、鈴愛の親友との結末です。

 脚本上で最初から決まっていたことだ思うと"納得できない"そう思えてしまいます。

 そうした意図は解らなくもないです。

 親友が東北へ移住したとき感じた事ですから、"記憶を風化させない"と言う意味も会ったのかもしれません。
 
 少なからず、親類縁者にそう言う事実がある可能性も高かったです。そんな出来事をどのように描くかは原作者や脚本家の秘術の見せどころだと思います。

 来週か再来週か反応がちょっと楽しみではあります。
 

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