俺の引き籠もり自給自足生活

【補足】御徒町と秋葉原と上野

物語に書いた街はよく行った街

アメ横

以前から知ってたことですが、アメリカ横丁だと思う人は居るはずです!

正確にはアメヤ(飴屋)横丁なのですが、アメリカ横丁と勘違いするのも
戦後の闇市が関係してるのかも知れません。

魚の叩き売りが有名ですが、1000円で良くピーナッツ等のお菓子の3袋か5袋の
そんなの買ったりカットフルーツ食べたりしていましたね。

秋葉原

地名でないことは知ってましたが、調べたことはなかったです(笑

江戸時代だったか、火事の延焼を防ぐために設けられた空地(火除地・ヒヨケチ)が由来。
人々がその空地を"秋葉の原"や"秋葉っ原"と呼んだことが"秋葉原”となった。

秋葉原も庭の様な感じで、明治道りと靖国通りは良く上野へ行くときに歩きのために使ってました!
割合的には明治道りを歩くことが多かったですが!電気街経由が多かったためですけど!
当然、パソコン関係でお世話になっただけで、メイドな喫茶は行く勇気がなくて行ったことはありません!

上野(弁天堂)

弁天様は嫉妬深いと言われていますが、弁財天で商売や金銭の神様です。

「サラスヴァティー」の漢訳は「辯才天」水を象徴する女神様です。

色々な諸説もあるが、実際は男女の仲を裂く嫉妬深い神様ではありません。

池などで入水亡くなる方々を弔うためなどで、水場の近くに多いらしいです。

別れると言うのは江戸時代かららしいですね。

江戸時代、江ノ島周辺は今で言う風俗街だった。
そこに男達がお参りがてら小旅行と称して行くんだが、
女房が「私も一緒に行きたい、着いて行く」と言う。

女を買いに行くのに女房を連れて行く訳にいかないので、
男は「惚れた女を連れて行くと、江ノ島の弁天さんが、
焼きもち妬いて別れさす、って言うからダメだ」と諦めさせた。

出典
江ノ島ってなんで恋人がいくと別れるっていうんですか?江戸時代、江ノ島… – Yahoo!知恵袋

ちなみに、吉祥寺の井の頭公園にある池でボートに二人で乗ると別れると言われるのも
近くに弁天様を祭る|社《やしろ》があるためだと思います。

井の頭公園も良く仕事の帰りに公園内を歩いていましたよ!

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